霊媒能力
彼がロンドン大学予備科の教授に就任したのは、一八七〇年の暮で、爰(ここ)でも彼の人格と、学力とは、彼をして学生達の輿望(よぼう)の中心たらしめた。モーゼスが心霊上の諸問題に、興味を持つことになったのもその前後で、医師のスピーア博士と共に、頻(しき)りに死後の生命の有無、その他人生諸問題につきて討究を重ねた。彼の宗教心は飽くまで強いのであるが、しかし在来の神学的ドグマは、到底彼の鋭利(えいり)直截(ちょくさい)なる研究的良心を充たすに足りなくなったのであった。彼は自身霊媒たる前に、片端から知名の霊媒の実験に臨んだ。即(すなわ)ち一八七二年、ロッテイ・ファウラアの実験を行い、つづいて名霊媒ウィリアムスの交霊会にのぞみ、次第に心霊事実の正確なることを認むるに至った。その中不図(ふと)したことで、彼自身霊媒能力を発揮した。
モーゼスの本領は自動書記であるが、しかし彼は、稀に見る多方面の霊媒であった。彼を通じて起った、主なる心霊の現象を挙ぐれば、(一)大小の敲音、(二)種々の光、(三)種々の香気、(四)種々の楽声、(五)直接書記、(六)卓子(テーブル)、椅子其他物品の浮揚、(七)物品引寄、(八)直接談話、(九)霊言、等を数えることができる。
かかる霊媒現象が起りつつある間に、彼は幾多の学界の創立に関与し、殊(こと)に一八八二年、『英国心霊協会』の創立に際しては大いに奔走の労を取り、又一八八四年、『ロンドン神霊協会』が組織された時には、直ちにその最初の会長に推された。又晩年には、今日尚お刊行しつつある『ライト誌』の最初の主筆でもあった。
彼の晩年には、物理的心霊現象は全然止んだが、しかし自動書記現象は、その最後までつづいた。その中元来あまり健康でなかった彼の体力は、数回のインフルエンザの為めに、回復し難き迄に衰弱し、かくて一八九二年、(明治二十五年)九月五日を以(もっ)て帰幽した。
